
ISBN: 9784065391860
発売⽇: 2025/03/21
サイズ: 10.8×17.3cm/384p
「新書 昭和史」 [著]井上寿一
「昭和100年」という節目の年に、昭和史を俯瞰(ふかん)するには、新しい視点が求められる。同時代史的見方から歴史への移行という視点だ。本書はその役を果たしている。
例えば、昭和16(1941)年を記述するのに、実業家の中内㓛(いさお)の人生がはさみこまれる。その後の戦局でも中内の体験が語られる。敗戦時の描写では、若き軍人で戦後は歴史学者になる藤原彰の天皇批判の内在的な芽が語られる。戦後の平和論では保守派の福田恒存が国民に近かったとも分析される。時代に生きた人々の紹介が、歴史的な広がりを浮かび上がらせる手法である。
確かに「昭和100年」は、短い戦争と長い平和なのだが、これとて一皮剝(む)けば日本人の性格の反映である。昭和時代に顕在化した矛盾はそのまま積み残しになっているとの指摘が語られる。
本書を読み終えて実感する矛盾とは、皇位継承、平和論の構築、ウクライナ戦争・ガザ紛争などへの人道的見地からの解決案など、日本自体の政治的姿勢を明確にすることだと理解できる。それは昭和史の戦争を克服する体験と絡み合いながら、より実効性のある外交姿勢の確立であろう。
著者の視点で語られる昭和の事件、事象、人物は、もとより世代の枠から逃れられない。昭和39(1964)年の東京オリンピックを「観戦する多くの人びとは戦争体験者である」と著者は書く。作家の杉本苑子は約20年前の同じ10月、同じ場にいた。学徒兵たちを見送ったのである。オリンピックのロイヤルボックスのあたりに東條英機首相が立って「敵米英を撃滅せよ」と叫んでいた。それが日本が国際社会に認知される祭典の場に転じたのであった。
このオリンピックは戦争の記憶に区切りをつけるきっかけになったとの記述は新鮮で、歴史解釈の範たる見方であろう。本書を読みつつ、自らの世代を確認できる。私は「さよなら昭和」と哀惜を込めてつぶやく世代だ。
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いのうえ・としかず 1956年生まれ。学習院大教授(日本政治外交史)。著書に『危機のなかの協調外交』など。