経済学は自分を大切にせよ、と説く学問である。例えば、労働経済学では所得と休養の間に「あちらを立てればこちらが立たず」というトレードオフの関係があり、自分がハッピーになるように働く量を決める労働者を想定する。
そう言うと、労働量はそんなふうに決められるものではないよ、という声が聞こえてきそうだ。自分で働く量をコントロールできるとする経済学の常識は一般労働者の非常識だ。「疲れたら休め」と迫る経済学は北風のようである。
だから経済学者は嫌われる、などと思っていたところ、太陽のような学問が現れた。休養学である。
医学博士の著者は本書で、「人はなぜ疲れるのか」「疲れても無理をして休まずにいると、人間の体はどうなるのか」「どんな休み方をすれば最も効果的に疲れがとれるのか」といった疑問を読み解く。
休み方について触れておこう。大枠で言うと、休み方には生理的休養、心理的休養、社会的休養の3種類があり、著者はそれをさらに細かく分け、計七つの戦略を提案する。
生理的休養は休息・運動・栄養の三つ。心理的休養は親交・娯楽・造形の三つ、そして社会的休養は旅行など環境を変える転換だ。
著者はこれらの休養を組み合わせることが大切だと説く。例えば、スープを作って(造形)、それをジャーに入れて公園に行って(運動・転換)飲む(栄養)。これだけで四つの休養を組み合わせたことになる。
このような工夫を著者は「攻めの休養」と呼ぶ。攻めの休養をとることで、仕事でのパフォーマンスも上がる。一人ひとりの新しい「休み方」が日本を変えていく、と著者は締めくくる。経済学もこのくらい柔らかく語りかければ皆に伝わるのに、と思いながら本書を閉じた。
松井彰彦(東京大学教授・経済学)
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東洋経済新報社・1650円。24年3月刊、17刷16万部。春は5月病やGWの家族サービス疲れ、夏バテ、秋バテと疲れが続くせいか通年で読まれる。帯の惹句(じゃっく)「休むこと=寝ることではありません」も効いたと担当者。=朝日新聞2025年6月7日掲載
