“家出したぎょうざ”の行方に止まらぬ妄想 玉田美知子さんの絵本「ぎょうざが いなくなり さがしています」

——「ほんじつ ごご2じごろ/おおばまち にらやまの/ぎょうざが いなくなり/さがしています。」としおくんが暮らす街に響き渡る防災無線のお知らせ。ぎょうざはなんでいなくなったんだろう……水ぎょうざとケンカしちゃった? それとも春巻きになるために修行している? としおくんの想像は次々と広がり——。絵本『ぎょうざが いなくなり さがしています』(講談社)は、玉田美知子さんのデビュー作だ。
小さなころから絵本が好きで、幼稚園で定期購読していた「キンダーおはなしえほん」(フレーベル館)が毎月の楽しみでした。やなせたかし先生や馬場のぼる先生、佐々木マキ先生など、今振り返ると豪華な執筆陣だったと思います。「絵本作家になりたい」と思い始めたのは中学生のとき。漠然とした希望を持ちつつも、美大を卒業してからは就職、結婚、出産と毎日が忙しくなり、絵本を描くことは「子どものころの夢のまま」となっていました。
子どもにたくさんの絵本を読み聞かせするうちに「やっぱり絵本っていいな」と憧れが復活。「絵本をつくってみたい」という思いが再燃したのは子育てが落ち着いた40代でした。一念発起して、絵本作家さんや絵本の編集者さんが直接指導してくれるパレットクラブの絵本コースを受講することにしたのです。講師は現役の人気絵本作家の方ばかりで、出される課題にもすごく刺激を受けたことを覚えています。そこでアイデアのふくらませ方、おはなしのつくり方など、絵本創作の基礎を学びました。
卒業後も、絵本編集者の筒井大介さんが主宰する絵本のワークショップを受講し、読者を惹きつける構図やメリハリの効いた演出などの実践的なアドバイスを受けながら、絵本の制作を続けていきました。
——「ぎょうざが行方不明になる」というアイデアの元となったのは、地域の防災無線だという。「いなくなったぎょうざは、今ごろこんな場所にいてこんなことをしているのでは……」という“としおくん”の妄想の数々に笑いを誘われる。
私の住む地域では、さまざまな情報が防災無線から流れます。たとえば、「サルが駅前に出没しました」といったお知らせも流れるんですよ。行方不明者の放送があると、「どうしたのかな、何があったのかな……」と心配になり、「見つかりました!」という報告があるとホッとする。日々、そうした放送を聞くうちに「ぎょうざが行方不明になったら面白いかも」と、ふと思いつきました。「ぎょうざの行方」について妄想を繰り広げる“としおくん”の姿は、防災無線を聞いたときの私そのものなんです。
「もしもぎょうざがいなくなったら、どこに行くだろう」と想像を膨らませ、構成を考えていきました。製作当初は「もしかして、焼きぎょうざではなく、水ぎょうざになりたかったのかもしれないな」とプールで泳ぐぎょうざや、サルと一緒に温泉に浸かっているぎょうざを描いてみたことも。ボツにしたシーンも含め、ぎょうざの旅路についてはいろいろなパターンを考えました。
——2022年、『ぎょうざが いなくなり さがしています』(応募時のタイトルは『まよいぎょうざ』)で講談社絵本新人賞を受賞。「絵本作家になりたい」という30年来の夢がかなえられた。
新人賞の受賞作は単行本として出版していただけるため、中学のころから夢見ていた「絵本作家」に一歩近づくことができて、胸がいっぱいになりました。賞の贈呈式では、選考委員を務めた苅田澄子先生、北見葉胡先生、藤本ともひこ先生、三浦太郎先生からの選評と、原画を見ながらのアドバイスも。そこから担当編集者さんと打ち合わせを重ね、出版に向けて作品をブラッシュアップしていきました。
——『ぎょうざが いなくなり さがしています』は、2023年8月31日の「やさいの日」に刊行され、1年で5万部超のベストセラーに。絵本好きの親子からの支持はもちろん、「ぎょうざファン」の応援も人気を後押しした。昨年、全国の書店で本書の「1年間の売り上げ1位」に輝いたのは、なんとぎょうざで有名な栃木県宇都宮市の書店だったという。
昨年の夏に「真夏のぎょうざ祭り」という書店フェアを開催していただいて、見事全国1位の売り上げを獲得したのは、栃木県宇都宮市にある八重洲ブックセンター宇都宮パセオ店さん。フェア終盤の怒濤の追い上げで「ぎょうざの街、宇都宮」の底力を見せてくださいました。皆に愛される「ぎょうざ」の魅力が、読者の輪を広げてくれたのだと思います。
出版前は「これって本当に面白いんだろうか……」と不安になることもありましたが、読者からの感想がとても励みになっています。一番多いのは「ぎょうざが食べたくなりました!」というコメント。これはもう、ぎょうざ好きとしてもうれしく、「作者冥利に尽きる」という感じですね。小学2年の女の子から「ぎょうざはみんな同じ色で同じ形だから、おしゃれしてみたくて家出したんじゃないかなあ」という感想をいただいたときは、豊かな想像力にうれしくなりました。
6月末には第二作となる『ぎょうざが となりに ひっこして きました』(講談社)の刊行を予定しています。今回の登場人物ももちろん、ぎょうざ。続編ではなく、前回とつながりがあるようなないような……というおはなしなので、初めて読んでいただく方にも楽しんでいただけるのではないでしょうか。
今後は「ぎょうざさんシリーズ」はもちろん、昔から好きなダークな世界観の絵本にも挑戦してみたい。いろいろなアプローチで絵本をつくっていきたいと思っています。